2006年03月05日作成
2006年03月05日更新
The Special Providence - 旅行日記 - 長野スキー旅行(2006年02月24日)(その1)
(その1), (その2)
大学時代の友人らと長野へスキーに出かけることとなりました。各地に分散して暮らしているので現地集合ということになり、私は長野まで夜行の高速バスを利用することにしました。金曜日に1日休みをもらって2泊3日、木曜日の夜勤務を終えてから出発です。
毎度おなじみになってきた阪急梅田の高速バスターミナル。21時50分発長野行き夜行高速バスは、阪急バスと共同運行している長野県側の事業者、川中島バスでした(写真1)。冬期の夜行はなぜか鉄道でもバスでも室内温度がやたらと高く設定されていて、物凄く暑くて寝苦しいです。今回もそうで、夜中に1人置きだしてSAで休憩中の運転手に暑いことを訴えていましたが、1人だけに温度設定を変えることはできないのでと断られていました。あの時は皆暑かったと思うのですが。車内で一番低い場所にある運転席で一番快適なように運転手が調整してしまうために高い位置にある客席は物凄く暑くなってしまうのではないかと思うのですがどうでしょうか。これは鉄道車両だと当てはまらないですが。結局暑いままに長野に到着。
今回のスキーは白馬なので、長野から白馬までの特急バスを使うと近いです。しかし松本によって未乗になっていた松本電鉄を乗ってしまおうということで、わざわざ松本経由の鉄道移動を選択しました。長野での乗り継ぎが慌ただしく、現地のみどりの窓口で迅速にこの乗車券を発券できるか心配だったので、前もって購入しておきました。長野から大阪市内まで、大糸線・北陸本線経由という遠回りな乗車券です。長野からは快速「みすず」に乗車(写真2)。115系長野色6両編成で、前3両が上諏訪行き、後3両が飯田線に入る飯田行きです。向かいの番線に特急車両を使った快速「妙高」が到着すると、どっと人が降りて改札へ流れていきます。特急車両で特別料金も払わずに通勤通学に使える人はうらやましいですね。そちらから一部の人を乗せるとほぼ全てのボックスに人がいるような状態で「みすず」が出発。篠ノ井線では3つのスイッチバック駅/信号場を通りますが、快速なので全て通過なのはちょっと残念。1箇所のスイッチバック信号場では対向列車が引き上げ線に入って待避していました。松本への通勤・通学客と思われる人をどんどん乗せながら、かなり混みあう状態になって松本到着。松本でも人がどっと降りました。
松本駅では一番西側に大糸線の列車の多くが発着する6番線と向かい合って、松本電鉄の発着する7番線があります。JRとラッチ内で接続している地方私鉄って結構ありますね。平日の朝だからか、2両の列車はかなり混雑していました。どこで降りるのだろうと思っていたところ、下島の駅でかなりが下車していきました。車窓を見ているとすぐ近くに長野県立梓川高校があり、降りた人たちはそこへ歩いていきました。私服だったのでびっくりしました。この高校は制服が無いんですね。さらに隣の波田で残りの人が降りていって私1人になりました。松本クラスの規模の町で私鉄が残っているのはなかなか凄いと思いますが、それなりの輸送量はあるようです。これに加えて上高地への観光客を新島々でバスに乗り継がせる作戦で稼いでいるという話も聞きます。終点新島々に到着。使われている電車は元京王3000系(写真3)。学生時代お世話になったのでよく覚えている形です。新島々より先、かつては島々まで線路が続いていたのですが、台風で線路を破壊されてここまでの運行になったとか。上高地方面へのバスの乗り継ぎにこちらの方が便利だったということもあるようです。新島々駅の島々方を見ると、ホームの先まで少し線路が続いていて、出発信号機が横を向いていました(写真4)。正式に信号機を撤去しないのでしょうか。
新島々駅は大きな建物があって、きちんと暖房が入った待合室もありました(写真5)。構内踏切で島式ホームに渡る形。有人駅できちんと改札も行われています。駅の前には大きな広場があって、道路の向かいには松本電鉄バスの営業所があります。シーズンにはここで上高地へ向かう観光客が大勢乗り換えるのでしょう。また、このバス営業所の脇に旧島々駅舎が移築されていました(写真6)。脇に回るとちゃんと改札口のようなものも再現されています。島々というのはこの先にある、現在は松本市になった旧安曇村の中心地の地名ですが、島々まで運行されていた当時も安曇村には入っていなかったようです。新島々での折り返しはすぐにはなく、1本下り列車が入ってから折り返しました。地元の人と思われる乗客がちらほら。さらに先ほど私以外の全員が降りていった波田あたりからだんだん乗客が増えて、松本に戻りました。
松本駅では松本電鉄用の7番線からそのまま向かいの6番線に来る大糸線の電車に乗り換えです。このホームは、松本駅でもかなり北に偏した位置にあって、篠ノ井線方面のホームへの分岐器などが目の前に見えます。また松本電鉄と篠ノ井線の線路に挟まれた辺りに電留線があって、そこが正面から見えます(写真6)。なかなか見ていて飽きない場所です。そういえばJR東日本は松本などという都心から相当の遠隔地までATS-Pを入れているはずで、安全への力の入れ方が凄いと思います。ちょうど6番線の目の前にも「ATS-P確認」という標識が立っていました。大糸線の電車はE127系(写真8)。これは俗に「走ルンです」などと言われて鉄道ファンから叩かれている最近のJR東日本車両の一群に含まれるはずですが、私はなかなか好きな車です。東北の701系とほとんど同じ車両のはず(直流形にしただけ)ですが、東北ではクロスシート車がほとんど無いのに対してこちらは片方半分だけクロスシートで残りがロングシートという折衷構造が多いようです。前面デザインも701系よりだいぶよいと思うのですが、当時のJR東日本新潟支社長が701系の前面デザインを蹴ってこれになったという噂は本当でしょうか。
乗った列車は信濃大町行きで、そこで接続列車はしばらく無く、待っていると白馬到着が大幅に遅れてしまうので、途中で後続の特急に乗り換えることにしました。安曇追分で追い抜くのでその手前の特急停車駅、穂高での乗換を選択。松本から白馬までだと50kmを越えてしまうので高くなるのですが、穂高まで移動しておくと安くて済みます。しかしA特急料金なので地元の九州内の水準になれている人間にとっては50kmまでの730円は随分高く思えます。穂高も島式ホームに構内踏切の構造で、駅舎は神社みたいな建物でした(写真9)。自動券売機で730円区間の自由席特急券を購入すると、穂高から松本-上諏訪間までの特急券というものがでてきてびっくりしました。これでも別に白馬駅で文句を言われることも無いだろうとそのまま乗車。やってきた「あずさ」はE257系(写真10)。これもまたデザインがひどいと叩かれている車両です。私もこのデザインはちょっと抵抗があります。一方で、大糸線のようなローカル線にこのような長編成の特急が入るのはなかなか凄いと思います。事前に編成を調べておかなかったので、どこが自由席か分からず困りました。普通はドア脇などに車両の種類が書いてあるものなのですが、この車両のピクトグラムにはそのようなことは書いてなく、LED表示器には出ているようなのですが全てのドア脇にあるわけではないようです。私は乗ってから車掌に尋ねて自由席に移動しました。そこで東京方面から乗ってきた友人1人と合流。
(その1), (その2)
長野スキー旅行(2006年02月24日)(その1) - 旅行日記 - The Special Providence
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