2005年07月19日作成
2005年08月22日更新

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九州山地秘境旅行(2005年05月01日)(その1)

The Special Providence - 旅行日記 - 九州山地秘境旅行(2005年05月01日)(その1)
(その1), (その2), (その3), (その4)

私は九州鹿児島出身ながら、宮崎の山奥の地方には全然行ったことがなく、さらに一度は行ったことがある熊本の奥地(五木・五家荘など)にもまた再訪したいなぁと思い出したところ、両親も行きたいということになり、このゴールデンウィークに帰省して車で1泊2日の旅行を企画することになりました。宮崎側を最初の日に北上し、次の日に熊本側を南下して帰ってくる計画で、とりあえず宮崎県の高千穂町に宿を確保して出発しました。

まずは、九州道から宮崎道へ走って小林インターで一般道へ。ここから国道265号線をひたすら北上する計画です。きちんと2車線になっている道路を走破してまずは小林市の1つ北にある須木村(すきそん)を訪問。ここで明確にしておくと、宮崎の町村は全て「ちょう」「そん」と音読みにしますが、熊本の町村は全て「まち」「むら」と訓読みにします。「すきむら」ではなく「すきそん」です。鹿児島県だと町は全て「ちょう」ですが、村は甑島にあった4つの村が「むら」(→薩摩川内市に合併)、奄美大島にある3つの村が「そん」です。

最初に訪れたのは須木村の「すきむらんど」。場所はこの辺り。ここではわざと須木村を「すきむら」と読ませて、landと掛けているわけです。よくある過疎の町の村興し施設。ゴールデンウィーク中だというのに人気が無くて心配になるほどです。少し雨がちではあったのですが。ここは綾南(あやみなみ)ダムのダム湖一番上流側にあり、そこに掛けられた斜張橋が一つの売り。すきむらんど大吊橋という名前です(写真1)。明らかに斜張橋なのに名前は吊橋です。歩道用としては日本一の規模であるとのこと。この橋の途中から上流側にままこ滝が見えます(写真2)。ダム湖に落ちる滝ですね。ままこ滝は「継子滝」で、継母が子供をこの滝から突き落とそうとしたところ、自分も一緒に巻き込まれて落ちた、という伝説があるとか。他に淡水魚展示館とか温泉とかあるのですがそういう有料施設を見るでもなく橋だけ渡って戻りました。売店も営業していないのかと思いましたが、我々を見てかとりあえず営業開始(苦笑)。せっかくなので、ここの名物だという栗を使ったアイスクリーム(商品名「愛す栗夢」)を購入。どこまでも駄洒落がすきなのか。ただ、このアイスクリームはとても美味しかったです。栗の粒が入っているのがいいですね。


須木を出発してさらに国道265号線を北上、次の西米良村(にしめらそん)を目指します。小林から須木まではまだ国道は2車線の改良された道だったのですが、須木中心部から少し北上したところからは、やっと舗装されているだけの山道に突入。これはなかなかの酷道です。延々とカーブを繰り返してやっと一つのピークである輝嶺峠を通過。さらにそこからしばらく走って綾北川(あやきたがわ)を渡ります。ここのところだけ田代八重ダムの建設に伴ってかどうか、一時的に道路が改良されていて立派な田代八重大橋を渡ります(写真3)。こんなところによくダムを建設したものです。大型車両が何度も走らなければならないはずで、1回走るだけでげんなりという山道をそれだけの回数往復した人がいるということです。仕事とはいえ大変ですね。ここより下流側には先ほどの綾南ダムとセット(?)の綾北(あやきた)ダムがあり、川沿いの道を下っていくと、須木中心部から綾南ダム沿いに下っていく道と合流して綾町(あやちょう)に出られます。が、地図から推測する範囲ではここもかなりの悪路でしょう。川を渡ってまもなく再び悪路になり、西米良村に入ります。滅多に対向車に出会うことは無いですが、道沿いには稀に人家が存在して、良くこんな場所で生活できるものだと思います。これでも国道ですよ(写真4)。


ようやく西米良側の集落がぽつぽつと現れてきて改良された道に出てきました。国道219号線と重複している区間に入ると道路は良好。宮崎県の奥部の町村は、海岸部と結ぶ東西の道路は改良されているけれど、互いを結ぶ南北の道は改良されていない、ということのようです。国道219号線を西へ向かうと県境を越えて熊本県の湯前方面へ繋がっています。国道219号からまた国道265号が分かれる辺りが西米良村の中心部村所(むらしょ)です。といっても広い平地があるわけではなく川沿いのわずかばかりの平地に家がへばりつくように建っている場所。ここには宮崎交通の村所駅があります(写真5)。「駅」という名称から推測できるように、ここは元々国鉄バス/JR九州バスの発着所だった場所。熊本県の湯前と宮崎県の西都を結んでバスが運行されていましたが撤退して、今は西都バスセンターから村所まで1日4往復の宮崎交通バスと村所から湯前まで1日2往復の西米良村営バスに代替されています。こういう場所を国鉄バスが走っていたというのは、湯前線(現在のくま川鉄道)湯前駅と妻線(特定地方交通線として廃止)杉安駅を結んで九州横断鉄道を造る計画があったからで、この村所駅も世が世なら本当に鉄道の駅になっていたのかもしれません。こんな自動車で来るのも大変な山奥に鉄道を本気で造る気だったのかという感もあります。しかし湯前と西都をここでバスを乗り継いで通り抜けるというディープな旅もしてみたいものです。1日4往復と1日2往復のバスの接続点ながら、3台の西米良村営バスと2台の宮崎交通バスがお昼寝していました。西米良村営バスはJRバス代替以外に村内のコミュニティバスのような路線を運行しているようです。ここらで昼食を取ろうと思って村所駅で聞いたところ、西米良村が運営している施設「ゆたーと」を紹介されました。よくある温泉入浴と食事ができる施設です。ここは大混雑していてすきむらんどとは大違いでした。鱒などを品種改良して鮭のような味になったという特産西米良サーモンを使った料理が美味しかったです。この施設へ渡る橋が日本最大の木製道路橋という「かりこぼうず大橋」(写真6)。村所駅の位置かりこぼうず大橋の位置ゆたーとの位置


村所を出発してさらに国道265号で北上。村所を出るとまた道路は悪路に。一ツ瀬川に沿って遡っていきます。突然対向車が目の前に現れると慌ててしまいます。まもなく椎葉村(しいばそん)に突入。途中熊本県から宮崎県へ東西方向に繋がる国道388号線との重複区間がありますが、ここも相変わらずの悪路で分岐している道路を見てもどちらとも国道とはとても信じられません。えんえんとカーブを繰り返しながら登って行った先が飯干峠(写真7)。相変わらず雨模様で峠の向こう側が霞んでしまっています。急な左カーブになっていて正面のガードレールを突き破ると崖から転落してしまいます。そのガードレールにカーブミラーと並んで国道標識が立っているのがなかなか面白いところ。飯干峠を過ぎると椎葉村の中心部へ向けて徐々に標高を下げていきます。途中で道路の崖側が崩壊してショベルローダーで応急処置をしている光景に遭遇(写真8)。しばし手前で停車の後、ショベルローダーの人がどうぞと通してくれたので山側にはみ出しながらどうにか現場を通行。大雨があったのであちこち道路が壊れているのでしょう。それにしても通行量が少ないにも関わらず、この道を自動車が通行できる状態に維持しておくのは途方も無い費用が掛かっているのでしょうね。


さらにしばらく悪路を北上していったところ、左手に上椎葉ダムによって形成されたダム湖、日向椎葉湖が登場。そのまま進むと道のすぐ左下に上椎葉ダムを見ることができます(写真9)。ここから道路は東側に大きく迂回しながらΩループを描いてダムの下側まで降りていきます。このダムのすぐ下流側が椎葉の中心部です。こちらも村所と同じくほとんどない平地にへばりつくように集落が形成されています。ここの見所が鶴富屋敷です(写真10)。築300年になるという立派な民家。写真では大きさが分からないかもしれませんが、中は全て合計すると80畳近くあります。中に上がって見学することもできます。細長い形式になっているのは、平地の少ない場所にあって効率的に土地を使うためだそうで、なるほどと思います。ここは平家の落人集落で、壇ノ浦合戦に敗れた平家の人たちの子孫が今でも住んでいます。源頼朝の命を受けて椎葉まで残党討伐にやってきたのが、屋島の合戦の時に平家方の船に掲げられた日ノ丸の扇を鏑矢で射落とした有名な話で知られる那須与一の弟、那須大八郎でした。彼は椎葉にやってくると平家の落人の生活を哀れんで、討伐を止めて生活の支援を始めるのですが、その中で平家方の鶴富姫と恋に落ちてしまいます。というか、任務を忘れて何をやっとるんじゃいと思ってしまいますが(苦笑)。やがて頼朝の命で大八郎は鎌倉に召還されてしまいます。大八郎は、これから生まれてくる子供が男であれば大八郎の故郷である下野に送るように命じて去りますが、産まれてきたのは女の子で、そのままこの土地で婿を迎えて一生を過ごしたそうです。そして大八郎の苗字を受け継いで那須家となり、今のこの鶴富屋敷の所有者那須正敏氏が那須家第42代当主であるとのこと。なんと、12世紀から続いている伝統のある家柄なのですね。この屋敷自体は築300年ですので直接鶴富姫とは関係ないのですが、通称として用いられているようです。正式には那須家住宅とだけ言うらしいです。なお、この敷地内にお土産店と旅館が立っていますが、これも那須さんの経営のようです。この後椎葉民俗芸能博物館を見学してから出発。

椎葉を出発して、そろそろガソリンが足りなくなってきたということで村の入り口付近にあったスタンドで給油。しばらく走った那須橋のところで海岸付近へ向かう国道327号線を分岐しつつ、なおも国道265号線を北上します。椎葉村はかなり広くまだまだ悪路が続きます。大雨の影響で水が滝のように道路の上に溢れているところもあれば、路肩が陥没してしまっているところもありました。しかし1つ北の五ヶ瀬町(ごかせちょう)に入る辺りから劇的に道路事情は改善されて2車線の通行しやすい道になりました。五ヶ瀬に九州では珍しいスキー場があることと関係しているのでしょうか。しかしここも寂れてガラガラだという話を聞きます。そのまま一旦五ヶ瀬町を通り抜けて熊本県山都町(やまとまち)(最近の合併で誕生、元の名前は蘇陽町(そようまち))の馬見原(まみはら)を通り、国道218号線に入って東進。すぐにまた宮崎県の五ヶ瀬町に戻ります。五ヶ瀬町を横断してようやく今日の宿泊地高千穂町に到着。高千穂の町の中心部のビジネスホテル風の宿に泊まりました。


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