2004年12月26日作成
2004年12月31日更新
The Special Providence - 旅行日記 - 岐阜旅行(2004年09月18日)(その4)
(その1), (その2), (その3), (その4), (その5), (その6), (その7), (その8), (その9)
本巣駅で、終点の樽見まで行く列車が来るまで待機。北側には貨物列車の牽引に使われるディーゼル機関車が留置されています(写真31)。奥の方に見えているのは、蒸気機関車時代の給水塔ではないかと思います。(写真32)が本巣駅。最近市町村合併で本巣市になったようで、ホームの駅名票の所在地表記が書き換えられていました。
やってきた樽見行き列車に乗って出発。揖斐川の支流根尾川に沿って北上します。北上するにつれて公団が建設された年代の新しい路線に入っていくので、どんどん線路の規格がよくなります。最後に建設された神海以北だと、地図で見てもほとんどまっすぐでトンネルの繰り返し。終点の1つ手前の水鳥駅のすぐ隣に根尾谷地震断層観察館という施設が建っていて、興味深いのですが行程的に降りる余裕が無く残念。そこからまたトンネルを抜けて終点樽見に到着です。樽見駅からさらに北へしばらく線路が続いていて引き上げ線のようになっています(写真33)。これは別に延伸を狙ったわけではなくて、おそらくここの有名な薄墨桜を見物にやってくる団体客用の客車列車が運転されることがあるので、機関車の機回し用に用意されているのでしょう。しかし、機回しをするだけなら機関車を突っ込めるだけの線路長があればいいように思いますが、長いですね。またそういう客車列車のためだと思われますが、樽見駅のホームの有効長は結構長いです(写真34)。
折り返しの時間まで周りをうろうろ。村の中心部までさほど遠くないものの、やはり後から鉄道を建設しただけあって集落の一番端の方に寄せて造られているようです。駅舎は良く分からない建物(写真35)。無人ですが、中には券売機があります。車で送られてきた高校生のような人が何人か乗車。お年よりもどこからかやってきて乗車していました。駅前広場側に向けて「樽見駅」という看板が立っており、これまた良く分からないモニュメントと並んで写真が撮れます(写真36)。この脇に根尾村の形に削った石碑も置かれていますが、根尾村は合併して今は本巣市。さきほどの本巣駅からここまでずっと本巣市なのがちょっと信じがたいですが、間の谷汲村が合併に参加しなかったため異様に細長い市になってしまっています。
折り返し列車で樽見を出発。ずっと南下して北方真桑で下車。列車は芝浦工業大学鉄道研究会の名前の入った「樽見鉄道開業20周年」ヘッドマークつきのものでした(写真37)。鉄道研究会でヘッドマークを贈呈したのでしょうか。北方真桑の駅舎は本巣駅と雰囲気が似ていました(写真38)。ここも本巣市。
樽見鉄道の北方真桑駅から歩いて名鉄揖斐線美濃北方駅へ移動します。交点に駅が無いのがなんとも。これできちんと交点に駅があって連絡していれば、樽見鉄道沿線から岐阜市内方面への移動が随分楽になるでしょうに、そういうことは行われないまま名鉄揖斐線は廃止になろうとしています。住宅地の中を歩いて美濃北方駅到着。やっとここから、今回の旅行の本題である名鉄の岐阜廃止予定線に入ります。揖斐線は単線で、美濃北方駅は交換駅なのですが、やはりというべきかスプリングポイントを使っています(写真39)。これで1時間に4本の列車をコンスタントに確保しているのは、廃止になろうとしている路線とはちょっと思えないです。美濃北方駅は古びた駅舎(写真40)。
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