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2010-07-25 移転のお知らせ [長年日記]

tDiary 1877日目

_ [webサイト更新]移転のお知らせ

もはや日記の更新しかしなくなっているので、自分のプロバイダが提供してくれているブログサーバに移転するしました。新しいブログをよろしくお願いいたします。こちらのサイトは10月頃をめどに閉鎖する予定です。


2010-07-24 スイスの列車脱線事故続報 [長年日記]

tDiary 1876日目

_ [鉄道]スイスの列車脱線事故続報

スイスでの列車脱線事故について続報が出ていますね。線路が歪んでいるところの写真が出ているので、暑さで線路が歪んでそれで脱線したのではないかという観測もあるようなのですが、それだとなぜ当該車両より前は脱線せずに通過できているのかという疑問がありますし、脱線時の衝撃で後から線路が歪んだ可能性もあります。後のほうの車両だけが脱線しているというのが、凄く謎ですよね。機関車だけ残るというのなら、重量が明らかに違うので分かりますし、前のほうの車両だけ脱線というのも、脱線が始まったことで非常ブレーキがかかって、後のほうの車両は脱線せずに済んだと説明できるわけなのですが。車両が故障しているというのなら、これを説明できるのですけど、新しい車両みたいですしねぇ。これでは事故原因が分かるまでかなりの時間がかかりそうです。

事故車両に乗っていたのは日本人が大半だったようですね。前の車両は何ともなかったということは、運が悪いとしかいいようがないですね。


2010-07-23 鉄道建設・運輸施設整備支援機構の国庫返納金問題 [長年日記]

tDiary 1875日目

_ [鉄道]鉄道建設・運輸施設整備支援機構の国庫返納金問題

鉄道建設・運輸施設整備支援機構の国鉄清算事業会計で1兆3500億円の剰余金があって国庫返納を求められている件に付いて、JR各社が整備新幹線の促進などに使うように求めたとのこと。この件は交通新聞にはより詳細に書かれていました。

そもそも、このお金がどこから出てきたものなのかが謎ですね。JR本州3社の株式売却や、旧国鉄用地売却などで出たお金をプールしてあったのなら、それは国鉄債務の返済に回すのが筋ではないのでしょうか。なぜ債務返済に回らずにそこにプールされているのか。何か他に使うあてがあるのでしょうか。確かに、旧国鉄で働いていてアスベストによる症状を訴えている人などに対して賠償金を払うなどの業務もあるのですけども。アスベスト問題については、JRに責任があるのではなく国鉄清算業務を担当する機構に責任があることになるのですかね。分割民営化時に、将来的に発生する債務・債権について、どちらに責任があるかは細かく検討してあったと思うのですが、詳細はわかりませんね。

まぁ、国鉄債務は既にJR負担分以外は国の一般会計にまとめられてしまっていると思うので、機構の剰余金を一般会計に返済すれば、広い意味で国鉄債務の返済に回ると言えるのかもしれません。その点では、整備新幹線などの鉄道関連に使うようにと求めるのは、筋が違っているのではないかという気がします。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ryot [JRって元々は整備新幹線は国策に渋々協力してるスタンスだったような? でも結局は安定した収益が見込めるから推進の立..]

_ Tamon [並行在来線を切り離せるなら、喜んでやるんじゃないですか? JR北海道なんか、九州新幹線に北海道メディアを招待して案..]


2010-07-22 新幹線保守車両事故 [長年日記]

tDiary 1874日目

_ [鉄道]新幹線保守車両事故

今朝方、山陽新幹線の保守作業をしていた車両が追突事故を起こしてしまい、新幹線が昼過ぎまで運休になってしまったようです。夜になっていろいろ事情が分かってきましたが、保守車両同士が300m以下に接近すると警報を鳴らして自動でブレーキを掛ける装置がついているのに、うまく動作していなかったみたいですね。しかしニュースを読んでも判然とせず、警報が動作したのにブレーキを運転担当者がかけなかったと報じているところもあるようです。警報動作時にブレーキは自動なのか手動なのかがはっきりしませんね。手動だったとして、警報を無視して突っ込んだら警報の意味が無いような。

復旧までこんなに時間が掛かってしまったのは、やはりトンネル内での事故で、車両を収容するのに手間取ってしまったということなんですかね。姫路までの区間だったので、まだ新快速による代行が間に合う範囲ですけど、それでも在来線は大混雑だったのではないかと。巻き込まれてしまった人は大変でしたね。


2010-07-21 酷暑 [長年日記]

tDiary 1873日目

_ [生活状況]酷暑

今日は酷い暑さでしたね。私が北海道へ行っている間も暑かったのでしょうか。北海道は天候がややぐずつき気味でした。旅行に出かける前はずっと雨が続いて、ちゃんと旅行に行けるのだろうかと心配していたわけですが、戻ってくるとこの酷暑ですからね。参ります。

どうも集合住宅は熱がこもる気がします。冬でもほとんど暖房を使わずに済むという利点はあるのですが、夏はたまりません。ほとんど冷房に頼る始末です。日本は基本的に高温多湿の国なので、夏に耐えられるように家屋を設計して、冬はその構造の中で厚着をするかこたつに入るというのが正解だと思うのですが…。

さてこの酷暑はいつまで続くのか。


2010-07-20 北海道旅行5日目 [長年日記]

tDiary 1872日目

_ [旅行]北海道旅行5日目

今日は北海道旅行の最終日で、札沼線を中心に周ります。札沼線は、南部は札幌都市圏の輸送によってすっかり都市化している一方で、北部が完全に閑散化しているという二極分化の激しい路線で、南部はついに電化が決定しました。これに伴って、現在使用されている50系客車にディーゼルエンジンを搭載して自走可能化した、いわゆるPDCがほぼ淘汰されてしまうのは確実なので、今回の訪問となりました。

石狩当別に宿泊したのは、午前中に新十津川までの往復をしてしまうためです。札幌からだとまたこれが朝早くなってしまうのです。乗り潰しで新十津川へ行くと、そこから4km程度しか離れていない函館本線の滝川駅まで石狩川を渡って移動してしまうことで、行程を短縮するのは定番の方法ですが、今回は早く乗り潰しをして周ることが目的ではなかったので、単純に往復しました。乗り潰しと思われる人は新十津川から歩いて消えていき、また別の逆行程で乗り潰しをやっていると思われる人がやってきました。石狩月形でのスタフの交換も興味深いところです。

北海道医療大学以北は、鉄道ファンの目から見ても完全に使えないダイヤとなっているわけなのですが、それでもほんのわずかながら地元の利用客がいるというのが不思議です。完全にいなくなってしまってもおかしくないようなダイヤなのですが。広い平地の中を結構快適に飛ばしているので線形も悪くないのですけど、いかんせん列車本数が少なすぎます。鉄道を利用するにしても函館本線の駅まで車で出るスタイルが定着しているのでしょうし、駅周辺に人口が定着していないのでどうしようもない気がします。以前交通新聞に出たデータによれば、北海道医療大学以南の輸送密度が12228人/日に対して以北が99人/日とのこと。

その北海道医療大学は、駅のすぐ前に大学があって、そこへの通学学生がよく使うようです。広い駐車場もあるみたいなので、免許を取って車で通う人もいるのかなと思うのですが、やはり学生には鉄道が欠かせないということなのでしょうか。北海道医療大学駅は、棒線ではなくてここでの折り返し列車専用の行き止まりの線が別にある構造です。そういえばかつての楓駅も折り返し列車専用のホームが別にありましたね。

石狩太美駅の近くで昼食。これもウェブで目をつけていた店だったのですが、そこに載せられていた地図はまったく間違っており、住宅街の中へ歩いていってしまいました。実際にはすぐ駅のそばだったのですが。駅舎では地元の当別町が観光案内所のような施設を運営しており、パイナップルアイスなるものを販売していたので食べてみました。これがなかなか美味しいのですが、パイナップルのアイスって珍しいような。

札沼線は、かつては石狩平野の農産物輸送に使われていたこともあって、ここも農業倉庫が駅前に建っていたりするのですが、最初に乗りに来たときに見たとてもいい感じの倉庫はなくなってしまった模様。それでも、篠路の駅前には現役の石積み倉庫があり、とてもいい感じです。

電化工事のほうは徐々に進んでいるようで、既に電柱の立ち上がってきている区間もあれば、まだ脇に電柱が寝かせて保管されている区間もあります。新琴似のあたりでは既に架線が張られており、複線高架区間であることとあいまってどこの都会の路線だろうという風景になっています。
新琴似駅から桑園方を望む

肝心のPDCですが、こういうときに限ってなかなか当たらないものですね。逆に最新鋭のキハ201系に何度も当たってしまう始末です。PDCも意外と性能はいいみたいで、加速も減速も真っ当な気動車のように走っていました。

16時頃に札幌駅へ戻ってきて帰途に。本来ならば16時10分の快速エアポートに間に合ったのですが、どうせなら789系の運用されるエアポートに乗りたいので、16時25分の列車を待ちました。これを快速列車で乗れるというのはあまりにグレードが高いような。

踏切障害があったということで白石駅でしばらく停車したものの、たいしたことはなかったらしくわずかの遅れで新千歳空港に到着しました。荷物を預けて夕食を取り、保安検査を受けてちょうどいいくらいの時刻でした。まだ明るい時間帯で、ゲートの前から外を見ていると、ちょうど上りの「北斗星」が走っていくのが見えました。飛行機はかなり空いていました。

出発前は天候をかなり心配したものの、結局雨が降ったのは旭川周辺のわずかな時間帯だけで、予定通り行程を進行することができました。ぎりぎりまで予定を詰め込んだ行程であったものの、目的をおおむね達成できたよい旅行でした。


2010-07-19 北海道旅行4日目 [長年日記]

tDiary 1871日目

_ [旅行]北海道旅行4日目

昨晩泊まった旅館を出発。新得からの根室本線滝川行き普通列車に乗車しました。帯広泊でこの列車に乗車しようとするとかなり早起きせねばならないことと、逆に昨日のうちに富良野へ入ってしまおうとすると夜があまりに遅くなりすぎることから、新得泊を選択しました。列車はキハ40で、北海道なので冷房改造されていない(札沼線に冷房改造されたキハ40がいますが)一方で、冷風機のような機械が天井に取り付けられていました。あまり冷えませんけどね。ただ、夏の北海道は窓を開けて爽快な風を浴びて走るのが気持ちいいと思います。列車は狩勝峠を登ります。このあたりは強風で列車が転覆する事故があったことから、両側を防風柵で覆っているところがあります。新狩勝信号場で下りの普通列車と特急列車を2本連続待避。新狩勝トンネル内の上落合信号場で石勝線を分岐して、富良野方面へ向かいます。このあたりも雰囲気のある駅が多いので、できればじっくり訪ねたいところです。

富良野に到着。駅舎内のコインロッカーに荷物を預けて、富良野線に乗り換えました。中富良野で降りて、歩いてラベンダーの有名なファーム富田へ。周辺の道路は大渋滞で、集客力の凄さを見せ付けられます。これがあるために列車で来る人が多いみたいですね。何のアナウンスもなかったので気づかなかったのですが、ファーム富田最寄りの臨時駅ラベンダー畑駅は、開設期間中も通常は富良野・美瑛ノロッコ号だけの停車ですが、この7月の連休は日中全列車の停車になっているようで、私の乗った列車もそのまま中富良野を過ぎればより近いラベンダー畑駅で降りることができるのでした。

勘違いしていたのですが、ここは入場料は取っておらず、物品の販売で利益を上げるモデルのようです。案内パンフレットや園内掲示によると、香料などで使うためにラベンダーを生産していたのに価格が暴落して立ち行かなくなってしまい、もう全部潰そうかと思っていたら、国鉄のカレンダーに写真が掲載されて有名になり、観光客相手の商売ができるようになったのだそうです。カレンダー用の写真を撮るプロカメラマンというのは、本当によくこういう題材を見つけてくるものですよね。

入口付近が観光バスに完全に占拠されていて、どこから入るのだろうと思ってしまいました。さすがに有名になるだけあって綺麗です。もっと綺麗に晴れてくれていれば、向こう側に十勝岳などを望むことができたのでしょうが。
ファーム富田

園内のレストランで昼食。またメロンを切ったものがその場で食べられるように販売されており、これがなかなかよさそうだったので買って食べてみました。これはかなり美味しいです。

それにしても中国人が本当に多く、掲示類も日英中韓4ヶ国語対応というところでした。中国人にもこういう景色は魅力なのでしょうか。

歩いてラベンダー畑駅へ向かいます。富良野川に架かる鉄橋はどうやら架け替え工事を行った模様で、線路が付け替えられており、旧橋のほうでなにやらクレーンが入って作業をしていました。ラベンダー畑駅にはピーク時期ということもあってか駅員がやってきて改札とオレンジカードの販売に忙しい模様。仮設プラットホームなのですが、列車が来て降車客と乗車客が交錯すると本当にびっしりという感じになります。列車接近警報音を出すパトライト内蔵スピーカーがありますが、これも4ヶ国語対応で、列車内にも中国語を話す客がたくさんいました。列車で旅をする中国人も多いんですかねぇ。

キハ150の普通列車にも間に合ったものの、やはりノロッコ号に乗ってみたくて1本落とし、「富良野・美瑛ノロッコ2号」に乗りました。有蓋車を改造したナハ29000なる怪しい形式のバーベキューカーでした。車内でバーベキューをできるという売りで改造されたトロッコ車で、登場当時は駒ヶ岳の周りで運行されていて、食材の調達方法などが案内されていた覚えがあります。しかしその後どうなっているのでしょうか。あまり運用を聞かないような。この列車でも単なるトロッコ車両として連結されているだけですし。バーベキューができるといってもホットプレートですけどね。さすがに裸火を車内で使うのは、現代の安全基準では無理なのでしょう。観光用列車ということで、車内放送で車窓の見所などを案内していて、これも楽しいところです。
富良野・美瑛ノロッコ号

美瑛駅で普通列車に乗換。美瑛駅は、駅舎自体が石積建築で有名であり、一旦駅の外に出て写真を撮ってきました。これは確かに名所になります。また駅の裏手、線路沿いのところに大きな農業倉庫があって、この手の建物が好きな私にとってはそちらにも興味を惹かれました。

旭川に到着。旭川駅は高架化工事の真っ最中です。もともと、富良野線のホームは旭川駅構内で極端に南側に離れて設置されており、長い地下道でつながっていました。函館本線・宗谷本線・石北本線の発着するプラットホームとの間に旭川運転所があって、これが先に北旭川駅付近に移転し、これによって空いたスペースで高架橋を建設中です。したがって、まだ既存線に影響は特に出ていないのですが、富良野線のホームからは駅舎や他の線のホームが見えなくなっています。既に高架橋はだいぶできあがってきていて、富良野線側からの取り付け線路もできあがってきていました。この分だと切り替えは早そうです。

石北本線の列車に乗って東旭川に移動。この区間は周遊きっぷゾーン券から外れるので別途運賃を払いました。駅から歩いて、屯田兵の開拓を記念した旭川兵村記念館を訪問しました。屯田兵の開拓の歴史を展示していて、これは確かに一見の価値があると思いました。屯田兵の生活ってやはり厳しかったのですねぇ。とても耐えられそうにありません。

加藤隼戦闘隊で有名な加藤建夫中佐(死後少将)が東旭川の出身であるとは知りませんでした。何でも、もともとこの東旭川地区が本来の「旭川」で、現在の旭川駅近くの町は忠別と呼んでいたのだそうです。ところが、忠別の人たちが旭川の名前を「横取り」しようとして、旭川の人たちに無断で道庁と交渉して、勝手に永山村に旭川村を編入合併させてしまったのだそうです。当然屯田兵たちは激怒して、銃を持って道庁に押しかける騒ぎになり、結局1年で永山村から再分離して東旭川村が設立されることになった、ということで、そのときの条件として東旭川こそがもともとの旭川であることを残すために、旭川神社と旭川小学校は東旭川に置くことになった、とのこと。確かに東旭川にはこれら2つに加えて旭川中学校もあるんですよね。それで旭川神社にも参拝しましたが、これは祭神が天照大神という…。神社を建立することになったときに、全国各地から集まった人たちだったので、みなが自分たちの地元の神社から勧請しようとして揉めたことから、それなら伊勢神宮から勧請すれば誰も文句はないだろうということになってこういうことになったのだとか。

次は、自衛隊の広報施設である北鎮記念館を訪問です。東旭川駅から旭川駅まで列車で戻って、そこからバスというのが公共交通機関でのルートなのですが、遠回りになって時間が掛かり、肝心の見学時間を圧迫してしまいます。そこでやや費用は掛かるものの、タクシーで直行することを選択しました。兵村記念館の北を走る大きな通りで空車を探すと、目の前にちょうどお客さんを乗せてきたタクシーが止まったので、これ幸いと乗車。前の客を降ろした場所でまったく移動せずに次の客を乗せるというのはタクシーにとっても効率がいいでしょうね。移動中運転手さんといろいろ話をしましたが、旭川は冬は寒いけれど、災害がなくてよいところだとのこと。こちらの人は気温について、マイナスを省略して話すので、「冬は30度にもなる」みたいな話をしていました。日本で最も寒いところですからね。雪も2メートルくらい積もることがあるそうです。夏は普通に暑いのですが。

北鎮記念館に到着。旭川は、戦前から陸軍第7師団が置かれたところで、軍都として知られます。戦後もそれを引き継いで、陸上自衛隊の師団が置かれており、その広報施設として整備されたようです。第7師団開設以来の歴史が展示されており、まさに日本の戦争の歴史といった感じです。日清戦争に際して、当時6師団しかなかったので、屯田兵を集めて臨時第7師団を設置したのが最初だそうで、出征したのだけれど東京にたどりついたところで終戦となって、前線には出なかったとのこと。案内担当者と話し込んでいるおばあさんたちのグループがいて、勲章が展示されているところで、「これ持ってるの」それ勲一等なんですけど(苦笑)。「皇居にもらいに行ったの」本当に?

本当は、隣の北海道護国神社も参拝したいところだったのですが、時間がなくなってしまい、走って近くの交差点にある護国神社前バス停で旭川駅行きバスを捕まえました。このあたりは道北バスと旭川電気軌道が走っていますが、後者がやってきました。旭川名物旭橋と常盤ロータリーを通過して旭川駅到着。

富良野線の列車に乗り換えて富良野駅へ戻り、荷物をピックアップして今度は滝川行きに乗りました。無駄な行程のようですが、このあたりは1回しか乗ったことがないので、乗り直しにもなります。富良野駅のちょっと外れたところには、野菜や果物などを換気を保って輸送するために用いるV19Bコンテナが大量に積み上げられており、やはり北海道は農産物の出荷で季節的に輸送需要が集中するのだなと感じます。

滝川で「スーパーカムイ」に乗換。やはり函館本線の特急は圧倒的に速い感じがします。札幌で、昨日食べられなかったそばを食べて、札沼線で石狩当別へ移動してここで宿泊しました。


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