2005年11月11日作成
2006年05月29日更新

戦艦大和誕生(上巻) 西島技術大佐の未公開記録 (下巻) 「生産大国日本」の源流

The Special Providence - 書評 - 戦艦大和誕生


戦艦大和誕生(上巻) 西島技術大佐の未公開記録 前間 孝則 著 講談社 刊 ISBN4-06-256401-7
戦艦大和誕生(下巻) 「生産大国日本」の源流 前間 孝則 著 講談社 刊 ISBN4-06-256402-5

「戦艦大和誕生」というタイトルは、編集者が付けたのか作者が付けたのか知りませんが、かなりキャッチーな方面へ走っていて、少なくとも誇大広告に近いと思います。まぁ、こと日本においては本の作者にタイトルを決定する権限はない、という話ですので編集者が売らんかなのために内容との一致度の低さを無視して付けたのでしょうけど。実際には日本海軍が戦前から戦中にかけていかにして軍艦を建造し、戦時大量生産への道を付けていくかを西島技術大佐を中心に描いた話となっています。まぁ、この内容を正直にタイトルにしたらあまり売れないでしょうし、そもそも私が購入したかも疑問です(苦笑)。

私自身聞いた話でも、実は戦前の日本の生産技術というのは大変酷いレベルだったそうです。例えば、蒸気機関車は1台1台専門の職人さんが調整をしながら足回りを組み立てていくので、同じ形式の機関車といえど同じ足回りは無く、ある機関車の足回りを外して他の機関車に流用すると言ったことは全く不可能だったそうです。また、日本陸軍が使っていた歩兵用の小銃も同じで、専門の職人さんが1丁1丁調整しながら作るので、ある部品を外して別な銃に持っていってもはまらない、正しく使えないといった有様だったそうです。これはつまり、替えの部品を共通に持っておくということが全く不可能で、修理の必要が出てきたらまた職人さんのところに持っていって1つずつ調整しながら直していくしか無いということです。大量生産はしているけれど、完全に同じものができるわけではない、というわけです。そして、現場ではそういうものでもちゃんと扱いこなしてしまい、どうにか修理だってやってしまうような名人が育ち、それが尊ばれる風土というものが日本には存在します。しかしいざ戦争になってそういう名人がいなくなってしまい熟練度の低い素人が使わなければならなくなった時、途端に全く動かなくなってしまいどうしようもなくなってしまうのです。その点アメリカはさすがで、素人でも誰でも扱える単純なマニュアル、単純な部品で構築されたシステムを大量生産して戦争に勝利します。

西島技術大佐がやったことはまさにこういう日本の技術状況の中から、何もかも足りない戦時にどうにかして同じものを大量生産するためのシステムを造船界に構築していくことだったのです。そのキーワードは「規格化・標準化」「必要なものを必要な時に必要なだけ」といった、どこかで聞いた事があるような言葉ばかり。かくして、他の時代なら必要性が無く決して受け入れられなかったであろう革新的な生産方式が次々に取り入れられ、やがて日本型生産方式として戦後復興を支えることになるわけです。戦争で日本は実に多くのものを失いましたが、その一方でこれを契機に技術的に大きな飛躍も遂げたことは間違いありません。

タイトルの「戦艦大和誕生」なのですが、これは西島大佐が戦艦大和の建造時に呉海軍工廠で責任者をしていたので、その話が含まれているためです。大和自体はあまり中心的な話ではないですが、それでも大和型の生産技術の話が出てくるので重要な部分ではあります。

ということで、あまり華々しい話ではないかもしれませんが縁の下の話に興味がある人にはお勧めです。精神力だの大和魂だの言っていた軍人が戦争後半になると1機でも多くの飛行機を、1隻でも多くの船を、に変わってくる様子はなかなか面白いので、一番読ませたい人は東条英機元首相(ラジオで精神力訓話を垂れていたので)ですね。靖国神社に奉納でもしますか?

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