2007年03月25日作成
2007年03月26日更新
The Special Providence - 書評 - 暗号解読
この本、和訳されたものは「暗号解読」と名付けられていますが、原題は"The Code Book"。codebookは直接的には「暗号書」なのですけど、この場合は「暗号の本」とでも訳した方がよいかもしれません。この本で取り上げられている話は解読の話だけではなく暗号を作成する話もあるので、和訳書の題名より原題の方が正しいように思えます。
この本では古代から現代に至るまでの暗号の歴史を通観して、どのような経緯で暗号が発明されたのか、どのように利用されたのか、そして解読者はどうやってその暗号を突破して解読したのか、というところを解説しています。暗号の初歩たるカエサルシフト、エドガー・アラン・ポーの"The Gold Bug"でも有名な単字換字暗号、複数の系列を用いるビジュネル暗号等々。この本は、暗号を背景にした歴史の事件を説明し、そこで繰り広げられた暗号作成者と解読者の暗闘をドラマティックに描いていて、面白くどんどん読めてしまいます。
著者のサイモン・シンという人(インド系イギリス人)は、難しいものを分かりやすい本に書き著すのに優れているのか、本質的には難しいことをやっているはずの暗号の原理とその解読の仕方を実に明快に書き著していて、その点でも面白いです。この本では暗号の仕組みについて簡単に済ませることはせず、実際に例を挙げて計算をしながら平文と暗号文がどのように変換されるのかを示し、暗号の仕組みを確かに納得できるものとしています。そしてさらに、解読者がどこに着目してそれを攻略したのかも具体的に説明し、これまた例を挙げながら実際に解読してみせています。何といっても面白いのは、第2次世界大戦で使用されたドイツの有名な暗号機「エニグマ」の原理と解読の話。エニグマの話について概要は知っていても具体的なことは全然分からなかったのですけど、この本を読めば自分でもエニグマ暗号機を作ることができてしまいそうな感じがしてしまいます。そしてそれの解読の仕方が解説されているところもたまらない魅力で、ポーランド人数学者が些細な点に着目して解読の糸口をつかむところは劇的です。単なるドラマティックなお話というだけに留まらず、一般読者でさえなぜその方法でエニグマが解読できるのかが理解できるというのは、本書の驚異的な分かりやすさを示していると思います。この話から分かるのはやはり「反復は暗号の敵」ということですね。
本書ではまた、暗号とは本来異なるものの、古代の文書の解読についても用いられる技術が暗号の解読とほとんど同じであるということから説明をしています。ロゼッタストーンやクレタ島の遺跡から発見された線文字Bがどのように解読されたのかの説明がまた面白いです。どのような言語を書き表すのに用いられていたかすら分かっていなかった線文字Bが、文字列の並びの規則に着目して文法構造を先に解明し、必要とされる音価の条件を表にまとめていって、最後にほんのひらめきからふとすらすらと読めるようになるという経緯でついに解読される様子が描かれ、古代文字の解読とはこのようなことが行われていたのかと感嘆してしまいます。
現代の暗号技術の粋である公開鍵暗号の概念や、それを実際に実装したRSA暗号についても当然のように説明されており、実際に短い桁の素数を使って計算してみせています。さらに、量子コンピュータを使って素因数分解を一瞬でこなしてしまうことの意味や、絶対に解読不能となる量子暗号まで解説されています。さすがにこのあたりになると厳密な式や証明で説明することは無理なのですが、よく分かる概念的なお話でなぜ量子暗号は解読ができないのかを納得できるようにしてくれています。
全巻を通して、とにかく驚異的な分かりやすさが凄いです。これを読めばかなり暗号については詳しくなれます(専門家レベルではないですけど)。また、この本を読むとヨーロッパ人のエリートがいかに多言語に通じているか(ごく自然に暗号の中で他の言語の知識が用いられる)を見せつけられてしまいます。ラテン語を共通の基盤とするヨーロッパ言語ならではでしょうか。巻末には著者から読者への挑戦として、本文中で示された暗号方式を用いて作られた暗号文が10個掲載されており、全てを最初に解読した人に1万ポンドが贈られるという懸賞が懸けられていますが、日本語版が出る以前に解読されたそうです(苦笑)。私は現時点で3つは解読できたものの、かなり難しい問題です。
最後に、この本を読んでつくづく思うのは、イギリス情報部恐るべし、ということですね。
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