2006年10月06日作成
2006年10月06日更新

攻防900日 - 包囲されたレニングラード

The Special Providence - 書評 - 攻防900日


攻防900日 包囲されたレニングラード 上 ハリソン・E・ソールズベリー 著 大沢 正 訳 早川書房 刊 ISBN4-15-208692-0
攻防900日 包囲されたレニングラード 下 ハリソン・E・ソールズベリー 著 大沢 正 訳 早川書房 刊 ISBN4-15-208693-0

帝政ロシア時代の首都だったサンクトペテルブルクは、ロシア革命後レニングラードに改名され、またモスクワに首都の地位を奪われますが、それでもなおロシア有数の大都市でありかつ帝政時代以来の歴史的遺産が多数所在する町です。しかし、帝政時代はバルト三国もフィンランドもポーランド東部もロシア領だったのでよかったのでしょうが、これらの地が革命後独立していくと、レニングラードは国境のすぐ傍にある脆弱な都市となってしまいました。失地を奪還するかのようにスターリン時代になると独ソ不可侵条約の秘密条項に基づいてポーランド東部への侵攻(1939年)、ソ芬戦争(冬戦争)(1939年)、バルト三国の併合(1940年)と次々に侵略を繰り返し、再びレニングラードから国境を遠ざけることに成功します。

しかし1941年6月になると、ドイツは独ソ不可侵条約を破ってソ連への侵略を開始し、スターリンによる粛清の影響でガタガタになっていたソ連軍は瞬く間に蹴散らされて領土奥深く侵攻されてしまいます。さらにソ連に強制的に併合されたバルト三国はソ連に対して非協力的であるばかりか寧ろドイツに協力する側に立ち、さらにフィンランドも冬戦争での失地を回復するためにドイツ側にたって参戦(継続戦争)します。事ここにいたってレニングラードは敵に囲まれ陥落する危機を迎えることになります。

この本では、上巻の最初の方の大半は実はレニングラード攻防戦ではなく、なぜ独ソ戦の開戦を事前に予期できなかったかということに割かれています。膨大な独ソ戦開始を予告する情報を得ていながら、スターリンが希望的観測の元にそれを無視し続けたことは有名ですが、このように分厚い本の半分を占めるくらいのネタが書ける情報量が独ソ戦開始を示唆していたというわけです。そして開戦すると、ドイツ軍の北方集団はまっしぐらにレニングラードを目指して進撃し、それに対してあまりに非力なソ連軍はなすすべも無く撃破されていくばかりで、司令官は今味方の部隊がどこで戦っているのかすら分からないという状況になってしまいます。さらにクレムリンからの無理な命令や司令官の更迭がさらに混乱を深めていきます。このレニングラード陥落必至の状況からなぜ持ちこたえたのか、この本を読むまでは不思議だったのですが、この本はそれに対する解答の一端を示しているように思います。それでも、ソ連側もレニングラードの失陥を予想してあちこちの重要施設に爆破の準備をしたり、エルミタージュ美術館や冬宮の重要展示物を搬出したりしています。

レニングラードとそれ以外のソ連本土を結ぶ最後の鉄道線路上の地点、ムガーが1941年8月に陥落すると、レニングラードはドイツ軍の包囲下に陥り、1944年1月まで長い包囲戦を闘うことになります。それこそがまさにこの本の本題です。当然ながらレニングラードほどの大都市がこれほどの長期間備蓄物資だけで耐え延びることができるわけは無いのであり、空輸とラドガ湖を経由した船舶輸送で必死に物資が届けられていました。しかし、1941年秋から1942年春に掛けての補給状況は最悪で、この本ではレニングラード市民の配給量が日に日に切り下げられて、餓死者と凍死者が続出する悲惨な状況が延々と描かれています。男と女では体力の無い女から死んでいくのかと思いきや、必要カロリー数が多い男の方が先に死んでいくとか、子供の年齢別の配給量に配慮が無かったので、同じ配給量の子供たちの間では高学年の方から死んでいくなど、平時ではおよそ考えがたいことが起きています。

この本を読むと、よくレニングラード市民は耐えて頑張った、それに対してドイツ軍はいかにひどいか、のようにも思われてしまいます。しかしそこはしっかりとスターリンの暴政についても触れられているわけで、またソ芬戦争でいかにソ連がひどい侵略をフィンランドに対して行ったか、バルト三国の併合でいかにバルト三国の人々が苦しめられたかを知っていると、さらに違った見方となります。また、これほどの経験をしておきながら、第2次大戦後には政治的な都合で西ベルリン封鎖を行ってベルリン市民に同じ体験をさせようとするなど、スターリンのやり方は相変わらずです。それに対して米国は、ソ連が船舶輸送(と冬期には氷結した湖上をトラック輸送)で十分な量をレニングラードに補給するのに苦しんでいたのに対し、空輸のみで西ベルリンの生活を支えきってしまうのですから、やはり圧倒的な力を思い知らされてしまいます。

第2次世界大戦の一場面を語る、重要な本だと思います。

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