2006年05月10日作成
2006年05月29日更新
The Special Providence - 書評 - 技術戦としての第二次大戦
日中戦争(上海事変)、ノモンハン事変、ガダルカナルの戦い、インパール作戦の4つの戦いを取り上げて、日本とその主要対戦国中ソ米英との兵器や作戦の質の違いを検討した本です。全編に渡って兵頭氏と別宮氏の対談という形式。艦船の話はほとんど無く、航空機の話も少し出てくるだけで、基本的には陸軍の戦車や砲、小銃などの陸戦兵器の話が中心。
一般に必然的に技術志向となる海軍はともかく、日本の陸軍は科学技術などを軽視して白兵突撃主義に固執し、失敗を繰り返したという印象があります。ところがこの本によると意外にも日本の陸軍が使っていた兵器もそれなりに工夫されていて役に立つものだったといいます。まず、38式歩兵銃から99式小銃への切り替えが太平洋戦争突入直前に行われていて、中国大陸の部隊が38式、南方の部隊が99式を装備していたそうですが、一般に行われる38式批判に対して「99式は口径が大きく反動が強いので敵を狙ってもあまり当たらなかった」という話が出てきます。38式というのは明治38年(1905年)の採用で99式というのは皇紀2599年(昭和14年=1939年)の採用なのですが、日露戦争の頃に開発された銃を太平洋戦争まで使い続けたのがいかにも後進性を示しているように思われます。ところが実際には他の各国も第1次世界大戦の頃に開発された銃が相変わらず第2次世界大戦でも主力の銃だったわけで、あまりこの点は的を射ていないようです。職人の手作りで部品に互換性がないとされる点を除けば、実は優秀な銃だったとの評。他にも各種陸軍兵器を取り上げて、「それなりに工夫されているのだけれど、やはり国が貧乏で技術力が劣るので結局駄目ねぇ」という話になっています。
一方の戦術面では、ドイツの軍事顧問が指導して構築した陣地に圧倒的な兵力で国民党軍が布陣している状況で、わずかばかりの日本軍が第1次世界大戦のブルシロフ攻勢で有効性を示された浸透戦術を実行して蹴散らしてしまった実例を挙げるなど、実は白兵主義だけではなく新しい戦術の取り入れにも柔軟で火力の集中にも熱心であったことが説明されています。その一方で、陸大教育の、教官があらかじめ用意してある解答を見つけることができる優等生が出世して、教官の解答に疑問を示す人間は煙たがられるやり方は発想の硬直化を招いたと批判しています。
大戦当時の日本の技術力、経済力がひどかったことは様々な本でも書かれてきたことですが、では実際どの程度だったのかというとあまり知らなかったのです。しかし、実際にはGNPで比べると日本は英仏独ソに少し劣る程度だったのだそうで、ソ連以外の国に比べるとずっと人口が多かったので戦争を始めていなければそのうちGNPが逆転していたのは間違いないとか。技術力ではかなり劣っていたのですが、一時的な経常赤字や外貨の流出に目をつぶってでも外国から優秀な工作機械をどんどん購入して技術力を高めるべきだったのではと書かれています。日本の生産力の伸びが止まってしまったのは国家総動員体制になって官僚が経済を統制するようになったからだそうで、ソ連のように独裁者が圧倒的な権力をふるって軍需生産を行う国でなければ、自由競争をやめて統制経済にすることは却ってマイナスだと結論付けられていました。もっとも、終身雇用制度や累進課税などの戦後日本の発展を支えたシステムはこの時期に導入されているので、私は単純に否定されるべきものでもないと考えるのですが。戦後の財閥解体や農地解放などのGHQ主導の改革と合わせて戦後日本の体制が形作られていくわけですが、そうした制度がどのように日本の経済発展に貢献したのか、詳しく検討した本を読んでみたいと思いました。
というわけで、これまでの定説に疑問を投げかけるという意味では面白い本だと思います。
技術戦としての第二次大戦 - 書評 - The Special Providence
© SpecialProvidence.net 2004-2006, All rights reserved.
webmaster@specialprovidence.net