2007年08月26日作成
2007年08月26日更新
The Special Providence - 書評 - 蒸気機関車200年史
著者の齋藤さんは蒸気機関車に関する本を何冊も出している著名な蒸気機関車ファンだそうです。しばしば鉄道ファンは、自国の鉄道のことばかりに目が向いてしまって世界の大勢が分かっておらず、自国の技術が全てだと思う傾向があり、特に蒸気機関車においては日本の鉄道ファンは「狭軌であることの不利を除けば世界最高の技術水準に達していた」と考えている人が多いようです。しかしながら齋藤さんは世界の蒸気機関車の技術と歴史について実によく研究してあって、そうした見方を一刀両断にしてしまっています。
この本では、スティーブンソン以前の蒸気機関車の開発への取り組みから書き起こして、蒸気機関車が実用化されて各国で技術的に発展していく様子を順を追って説明しています。初期のイギリスの蒸気機関車が1軸駆動で速度を稼ぐためにただひたすら車輪を大型化する方向であったとか、初期のアメリカでは線路構造が非常に脆弱であったためイギリスとは違った方向性で発展していったとか、これまで知らなかったことが多く解説されていました。アメリカの鉄道といえば今では非常に強固な線路の上を超大型車両が走行している印象があるので、初期の鉄道がこれほど脆弱な線路であったというのは意外でした。狭軌鉄道の登場について触れているところでは、日本の鉄道で狭軌が採用された理由として独自の意見を展開しています。
この本は蒸気機関車の機構を解説するのが主旨ではないものの、説明上必要と考えたからか中盤にバルブとバルブギアの仕組みについて詳しく説明している章が設けられています。これまで蒸気機関車の機構について全くといっていいほど知らなかったので、この章は非常に興味深かったです。シリンダーの中で蒸気の吸気と排気を制御しているバルブがどのように動いているのか、そのバルブを駆動するバルブギアがどのようなメカニズムで動くのか、とても新鮮な知識でした。もちろん蒸気機関車の機構の専門書ではないのでこれだけで全部が分かるわけではないのですが、改めて機構の専門書も買ってみようかなと思ってしまうような内容でした。バルブギアとして最も標準的に用いられたワルシャートギアの構造はよくできていて、良くこんなものを考えたものだと思ってしまいます。頭の中だけでは動きが理解しがたく、図を描きながらでないと難しいです。
一応、日本の蒸気機関車の系譜についても触れた章があります。日本では明治・大正期くらいまではほとんど輸入蒸気機関車で、小さなところから徐々に国産化を図っていってようやく大正後期くらいから国産蒸気機関車が登場し始めます。とはいえヨーロッパやアメリカの技術を吸収してそれをそのまま適用しただけであるとして、何ら進歩したところのない保守的な設計であると著者は評価しています。そしてそれをこなせるようになったら次はいよいよ自分たちの独自の設計、独自の技術を開発していくべきだったのに、早々に蒸気機関車の技術に見切りをつけてしまったと批判しています。しかしながらこれについていえば、地震が多く地盤が脆弱でかつ狭軌という欧米に比べて著しく不利な条件を背負った日本の鉄道において、スピードアップと輸送力増強を進めていくためには動力分散方式の電車を利用するのが適切であるとの判断から行われたわけで、鉄道の発展の歴史としてみたら正しい方向性だったと私は考えます。著者はあくまで蒸気機関車の発展の歴史に拘って評価しているので、その点で違った感覚になっているのでしょう。
各国でも蒸気機関車の時代は終わりを告げますが、最終的にどのような技術的特徴に到達したのかを最後の方で説明しています。蒸気機関車の技術に貢献した国としてドイツ、イギリス、フランス、アメリカの4カ国を挙げて、それぞれの特徴を説明していました。特に日本ではフランスの蒸気機関車は1両も輸入されたことが無いのであまり知られていないわけですが、熱力学の知識を生かして劇的に蒸気機関車の効率改善を果たした「シャプロン・マジック」の話は面白かったです。また、オイルショック後にアメリカで一時検討された新型蒸気機関車の話などとも大変興味深いところです。
エピソードや著者本人が描いたイラストがてんこもりの本で、鉄道に興味がある人なら楽しく読める本です。
蒸気機関車200年史 - 書評 - The Special Providence
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