2007年06月03日作成
2007年06月03日更新

鉄道忌避伝説の謎 - 汽車が来た町、来なかった町

The Special Providence - 書評 - 鉄道忌避伝説の謎


鉄道忌避伝説の謎 汽車が来た町、来なかった町 青木 栄一 著 吉川弘文館 刊 ISBN4-642-05622

「この町には鉄道が通る計画があったのに、先見の明がなかった当時の人が反対してルートが変わり、その後そのせいで町が寂れてしまった」という話は、あちこちに存在しています。私の本籍地である、鹿児島県姶良郡牧園町(現在の霧島市)にもそういう話が存在して、現在のJR肥薩線霧島温泉駅(牧園駅→霧島西口駅から改称)は隣の旧横川町との境付近にあって、そこから1.5kmほど離れた牧園町中心部は通っていません。その他にもJR中央本線が甲州街道沿いの町を避けた話であるとか、東海道本線が豊橋から岡崎へ向かうあたりで旧東海道沿いの宿場町を経由しなかった話であるとか、いろいろ有名なものがあります。

この本は、そういったこれまでの定説に対して疑問を投げかけている本です。タイトルだけからすると鉄道忌避の話を単に紹介するだけの本のようにも見えますが、「伝説」という言葉を入れてあるあたりに著者がこれらの話に対して懐疑的であるのが分かります。この本ではいくつか具体的な忌避伝説の話を取り上げて、それらに対して実際的な史料を基にして批判を加えています。従来この分野の話では、十分な一次史料に基づいて議論していなくて、後の時代に推測したことを事実であるかのように取り上げたり、さらにそのようにして書かれた本を孫引きしたりで、実際には存在しなかった話がさもあったかのように思われるという例が多かったようです。一次史料を用いて検討するのは歴史学の基本ではありますが、しっかりした史料が残っていないときちんとした結論を出すことができず、この本でも著者が調べ切れなくて推論であることを断っているところもでてきますが、これは仕方のないことであり、今後の更なる研究が待たれるところでしょう。

この本ではいくつかの類例が紹介されているのですが、大体のところは、1. 実際には技術的に町のそばを通すのは無理であった、2. いくつかルートが検討されていて忌避伝説に出てくるルートも比較検討されているけれど、技術的・経済的な理由で他のルートが選択された、3. そもそも忌避伝説に出てくるようなルートは検討すらされていない、その町を経由することは鉄道の建設目的と関係がない、といったものに分けられるようです。中には総武鉄道(JR総武本線)の船橋駅のように、忌避したという割には当時の町の中心部から500mしか離れていない位置に駅が建設されていて、そもそも忌避運動があったとしても忌避に成功したとはいえない事例もあって笑えます。この例ではさらに、実は船橋住民は反対するどころか積極的に誘致していて、具体的に現在地点を指定して駅の建設を要望している文書が見つかっており、忌避の成功ではなく誘致の成功を示した事例であるということが紹介されています。実際のところ、明治・大正期の住民はかなり早期から鉄道の利点をよく理解していて、反対運動が行われたとされている地域でも実際にはむしろ誘致運動すら起きていた例が少なくないと指摘しています。

また、実際に行われていた反対運動についても紹介されています。初期には鉄道建設をむしろ軍備の障碍と見た陸軍に反対された事例がありますし、その他にも思想的・感情的としか思えない事例もあるにはあります。しかしながら、この本ではそういった例はすぐに収束して、次第に実利的な面が強くなっていったと紹介しています。その位置に線路を建設されると自分の農耕地が分断されてしまうとか、利水・排水に障碍を生じる、といった例で、こういう理由による反対を、普通の鉄道忌避伝説の「宿場町が寂れる」「牛馬が驚いて子を産まなくなる」といった反対と同一視するのは難しいでしょう。また、それならばなぜ忌避伝説が誕生して定説として取り扱われるようになったのか、といった点についても考察していて、とても興味深いです。安易に定説を信じることの危うさを教えてくれます。

さて、冒頭に示した私の地元の鉄道忌避伝説は、マイナーすぎるゆえ全く紹介すらされていないのですが、これは一体どうなのでしょうね。地形的に見るとむしろ現在線の方がトンネルを建設せざるを得ず、町の中心部近くを経由するルートの方が建設しやすそうにみえるのですが。地元の図書館などを回ると多少はそうした史料も見つかるのでしょうか。気になるところです。

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