2007年01月27日作成
2008年01月27日更新

ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語

The Special Providence - 書評 - ねじとねじ回し


ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 ヴィトルト・リプチンスキ 著 春日井 晶子 訳 早川書房 刊 ISBN4-15-208504-5

作者が「この千年で最高の発明について書いてみないか」と言われて、いろいろ検討してねじ回し(ドライバー)だろうということになって書いた、という本です。最初の方はどうやってその検討をしたのか、というあたりが触れられています。作者が検討した偉大な発明の多くは、古代ローマやギリシアの時代に発明されていて、「この千年で最高の発明」の定義から外れてしまったのだそうです。人類文明の最初の頃でおおかた発明されてしまっていたわけですね。作者は眼鏡(13世紀発明)についても検討しているのですが、編集者が工具関係を考えていたためにそれで書くことは流れてしまったと触れられています。

確かにねじとねじ回しというのは偉大な発明ですが、その起源というのは意外と分かっていないようです。誰がいつどこで発明したか全く分かっておらず、この本でも過去の文献をたどって、少なくともこの時代にはねじ回しという工具が存在した、ということを示すに留まっています。それでもそれほど古いものではないようです。ねじ自体は、例えば机やいすの高さを調整するような目的のものとしてかなり古くから存在していたようなのですが。これがスパナで回すボルトに発展して、誰かがねじの溝を切ってねじ回しで回すということを発明したようです。

この本ではその後のねじとねじ回しの発展についても触れられていて興味深いです。最初の頃のねじはマイナスねじだったそうで、第1次世界大戦の頃にロバートソンねじと、現代見られるフィリップスねじが発明されたそうな。フィリップスねじというのがプラスねじのこと。ロバートソンねじというのは、四角形のねじ穴が刻まれていて四角形の刃先を差して回すもので、六角レンチみたいなものですね。ロバートソンねじは確実に締めることができて外す時も簡単という特徴があるのですが、結局商売上うまく立ち回ったフィリップスねじが普及してしまったようです。固着してしまったプラスねじを外そうとしてねじ山を壊してしまい、二度と開けられなくなることを経験している人間としてはロバートソンねじが普及しなかったのは至極残念です。フィリップスねじは既存のマイナスドライバでも代用可能で、かつ機械で締める時にあるトルクを超えたところでねじ回しがねじ山から勝手に外れるという特徴がある、としていますが、前者は取るに足らない理由ですし、後者にいたっては現代の工場ではトルク管理のために一定のトルクで空回りするようになっている電動ドライバを使うのが当たり前ですので、ロバートソンねじの方が圧倒的にいいと思うのですけどね。

作者はボタンとボタン穴を指して、なくてもどうにかなるし、手や足の代用をするわけでもない上に、次第に発展していく形態を取ることができない発明が存在するのが不思議である旨を言っています。確かにボタンで服を留めるという発想は知らなければ全く思いつかないですし、ボタンとボタン穴の組み合わせを一度に発明しなければ何の役にも立たないので、徐々に改良して今の形態になるというのはありえない、最初からこの形でなければならなかったという発明なわけです。そう言われてみると極めて不思議ですね。逆に言えば、極めて効率的で画期的であるにもかかわらず、まだ思いつかれていないものは山のようにありそうだ、ということですね。

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