2006年06月14日作成
2006年06月15日更新

補給戦 - 何が勝敗を決定するのか

The Special Providence - 書評 - 補給戦


補給戦 何が勝敗を決定するのか マーチン・ファン・クレフェルト 著 佐藤 佐三郎 訳 中公文庫 刊 ISBN4-12-204690-4

著者のマーチン・ファン・クレフェルト氏はイスラエルの大学で軍事史を教えている教授です。最近再刊された本ですが、再刊される前の本のサブタイトルは「ナポレオンからパットン将軍まで」で、その名の通りナポレオン戦争の時代から第2次世界大戦に至るまでの補給を巡る事情を描いた本です。取り上げられている戦いは、ナポレオン以前の16世紀~17世紀の戦い、ナポレオンの戦い、普仏戦争、第1次世界大戦の西部戦線、第2次世界大戦のバルバロッサ(対ソ連侵攻)作戦、北アフリカの戦い、ノルマンディー上陸作戦です。

戦争を継続する上で補給が大事であるのはよく分かっていることですが、第2次世界大戦で補給に苦しめられた歴史をよく知ってはいても、それ以前の戦争でどうであったのかはあまりよく知りませんでした。この本では第2次世界大戦以前の補給の問題についての解説が詳しく行われていて興味深いです。この本の解説で、以前の戦争においては補給の必要量が現代とは全く異なっていることが分かります。弾薬は、兵士が背中に担いでいくもので大抵は足りていたのですね。近代的な輸送手段が発達するまでは、戦争における膨大な消費物資を全線へ運ぶのは非常な難事だったことがこの本からよく分かりますが、鉄道という革新的な輸送手段が登場してもなお、戦闘によって破壊された鉄道を修復する速度が軍隊の前進速度に追いつけないために、十分な量を補給するのは困難だったということです。

第2次世界大戦くらいになるとトラックを輸送に使用するようになりますが、その難易度は相変わらずといった様子が描写されます。1個師団の1日あたり補給所要量と1個トラック中隊の補給物資輸送量・距離を元に、どれくらいの距離までならトラック部隊で前線部隊の進撃を支えられるのかが何度か計算されています。やはり鉄道での輸送力に比べるとトラックの輸送力は圧倒的に非力で、鉄道を修復しなければある距離以上の前進は困難だったようです。バルバロッサの展開がいかに輸送力に制約されていたかが描写されています。また北アフリカの戦いにおいては、前線へ輸送できる鉄道が全く無かったために英独両軍とも著しく補給に苦しみ続ける様子が描写されています。よくマルタ島の存在がイタリアからリビアへ伸びる海上補給路を制約してドイツ・北アフリカ軍団の活動の足かせとなったと言われていますが、この本で描かれている限りでは北アフリカに物資を揚陸してもなお前線までの輸送には大変な困難が伴ったようです。北アフリカで何度も英独軍の前線が行ったり来たりしたのは補給問題によるところも大きいようで、要するに敗退して撤退してくると補給路が著しく短くなって容易に補給できるようになり、これまで自分たちを苦しめていた長い補給路は今度は敵を苦しめるようになる、というわけで、必然的に勢力を盛り返して進撃できるようになるわけです。なるほどロンメル将軍は前線における部隊指揮において名将だったのかもしれませんが、補給を省みずに無茶な突進をしてしまうところを見ると大局的な観点で戦争を見ることはできなかったのかもしれません。案外ヒトラーの指示はそういった点から戦争を監督しているところがあって、「ここでヒトラーが余計な口出しをしなければ」的に後世の歴史家が批判しているところは、補給の観点から見ると実際にそれをやっていればより酷い大敗を喫していたであろう例が多いようです。

最後の1章は、打って変わって補給に恵まれたノルマンディー上陸作戦以後の連合軍の話です。豊富な補給物資を背景に綿密な作戦を計画するものの、全く思うとおりに戦争を遂行できないという様子がある意味こっけいです。偶発的な要素が多い戦争においてそこまで綿密な計画を立てても仕方が無いということですが、だからといって補給の戦いは数表の戦いなので計画は欠かせないわけです。パットンが補給を無視して突っ走って行く割には補給が追いついてしまうのが、当時の連合軍の恵まれた様子を示しています。

ヨーロッパ中心に描かれているのがやはりヨーロッパ人的(著者はヨーロッパ出身のイスラエル人)だと思われます。鉄道が初めて戦争における補給を担ったのはこの本では普仏戦争ですが、実際にはアメリカ南北戦争のはずで、北軍はバリバリ鉄道を建設しながら進撃していった歴史があります。また日露戦争もロシア側は単線のシベリア鉄道に補給を頼って、ついには業を煮やして全ロシアから貨車をかき集めて片道輸送(満州に着いた貨車は補給物資を下ろした後線路際に放り出して投棄)により輸送力を上げるなどというとんでもない手段に出る一方、日本側は大連に陸揚げした補給物資を運ぶために物凄い勢いで南満州鉄道の改軌(ロシアゲージから日本狭軌へ、戦後標準軌に再改軌)をするなど、鉄道輸送が死命を制した戦いとして知られています。そうした点についても触れて欲しかったものですが、それでも第2次世界大戦以前の補給の実情について詳しく書かれている珍しい本なので価値があるでしょう。

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