2006年05月29日作成
2006年05月29日更新
The Special Providence - 書評 - 恐るべき旅路
1998年に打ち上げられた日本の火星探査機「のぞみ」について、まだ日本が惑星間空間に探査機を送り出すことが夢でしかなかった1970年代の構想段階から探査機の開発、打ち上げ、そして火星へ向けた運用を描いた作品。12年というのは探査機の開発が始まってから探査機が火星軌道上で放棄されるまでの期間です。
探査機は火星軌道に到達するため、また途中で軌道を修正するために多量の燃料(推進剤)を必要とします。しかし宇宙空間を航行する探査機に燃料を再補給することはできないので、打ち上げの時点で積んである燃料が全てで、このために探査機の重量のかなりの部分を燃料が占めることになります。しかし、日本が持っているロケットの打ち上げ能力の限界から探査機の重量は一定に制限され、このため搭載できる観測機器には厳しい重量制限が加えられることになります。第1部ではこの重量制限との果てしない戦いが描かれています。この地道な努力がいかにも日本的です。しかしそうした努力の途中で、後で致命的な影響をもたらす設計変更を織り込んでしまうのです。また、探査機の予定の軌道について説明しながら、太陽電池パネルと太陽の向きの関係などについても分かりやすく説明されていて、なぜ探査機がこのような形に落ち着いたのかということがよく理解できます。
後半の第2部では、打ち上げからの火星への行程が描かれます。推進剤を使って直行すると長い火星までの行程も速く到達できるのですが、それができるだけの推進剤がないために、スイングバイを使って加速して火星を目指します。スイングバイというのは探査機が地球や月などの天体の公転エネルギーとの間でエネルギーをやり取りして自分の加減速や軌道変更を行うことです。天体の公転運動を追い抜く向きに探査機を通過させると公転エネルギーからエネルギーを貰って加速し、逆に通過させると運動エネルギーを公転エネルギーに渡して減速するわけです。これをうまく利用して火星へ向かう軌道に乗るという計画です。その火星軌道へ乗るために一番大事なスイングバイ、しかもスイングバイト同時にエンジンにも点火して加速するパワースイングバイをする時に、バルブが不具合を起こしてスイングバイに失敗してしまい、多量の推進剤を浪費して火星へ到達することが困難となってしまいます。ここで軌道計算を行う専門家チームが登場して、火星到達を遅らせる代わりに複数回のスイングバイを繰り返すことで失われた分の推進剤を補ってちゃんと火星に到達できるようにする軌道を編み出します。地球も火星も公転で常に移動している空間で頭の中で4次元を思い浮かべながら、条件を満たしそうな軌道を勘で探してコンピュータで検算するというのは、実際には地道で労の多い作業なのでしょうがこの本に描かれている感じではまるで魔法使いです。編み出された軌道は、もはやこんな探査機の軌道ってありなのかという見たこともない変てこな軌道で、こんなことを考え付く人がよくぞいるものです。
「のぞみ」は、さらにこの後電源系のトラブルに見舞われて、思うような通信ができなくなってしまいます。そこで、地球から送った通信を探査機が受け取ることはできることから、新たにプログラムを組んで送り込み、探査機にある質問をすると位置標定用に発信されているビーコン電波をオンオフすることでyes/noの返答をする1ビット通信を考え出して、長い時間を掛けて探査機の状態を把握しながらなおも火星を目指します。火星にたどり着くまでに電源系を復旧させるために、ショートしている部分を焼ききるべく何千回と電源の再起動命令を送りこむ、有名な情景が描かれます。遠い宇宙にあって直接人間が手を出すことができないのに、通信をするだけでできる範囲で本来は不可能なはずの火星への道を繋ぐ運用担当の人たちの努力には本当に感動します。
結果的に「のぞみ」は失敗するわけですが、これで得た経験は小惑星イトカワに着陸した探査機「はやぶさ」などにも生かされていくわけで、日本の宇宙開発の一里塚となっています。リソースが何もかも不足しているところを努力だけで何とかこなしてしまういつもの日本的光景がでてきて涙ですが、お勧めです。
恐るべき旅路 - 書評 - The Special Providence
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