2007年03月11日作成
2007年03月11日更新
The Special Providence - 書評 - 陸軍燃料廠
日本が太平洋戦争に突入した最も直接的なきっかけは、アメリカが石油を禁輸にしたことで南方の産油地帯を占領して獲得しなければとなったことにあります。もちろん石油を禁輸にした理由は南部仏印進駐などの日本側の外交的な問題を何も考えない愚策があったのですけど。その状況下で石油を安定して獲得すべく努力した技術者たちの話。
戦前の日本は石油業界でも技術レベルが低くて、高いオクタン価のガソリンを安定して生産することができなかったのは知られています。オクタン価が高いほどガソリンエンジンを高出力にすることができ、それを利して戦闘機の性能を高めることができるわけで、エンジンの技術も低かった日本にとってはガソリンの性能まで悪くてはどうしようもありません。ただ、全く石油産業がなかったかというとそうでもなく、各種民間企業を中心に石油の採掘や精製をする技術は少しずつ育っていたようです。また陸軍に比べると重油燃焼蒸気タービン艦を使っていてずっと油との付き合いの深い海軍では、大正時代には既に燃料廠を組織として発足させていて石油関連の技術者を育てていたとか。これに対してずっと対応の遅れた陸軍では昭和15年になってようやく組織ができ、慌ててあちこちの大学や企業から研究者を引っこ抜いてきて体制を整えたとか。この人たちが中心になって開戦直後に占領した南方占領地へ出かけていって石油の採掘・精製の事業を行ったわけです。著者も何度も「陸軍の場当たり的な態度」と書いていますが、全くその通りです。
もっとも、急造の組織の割には割と働いていて、これは技術を軽視した陸軍の組織の中では自力では石油関連の仕事ができなかったので、民間の技術者を連れてきてそちらにほとんど仕事を任せていたということが自由な気風を生んで成果を出した、と紹介しています。海軍はむしろずっと以前に組織ができていてそれによる管理体制などがしっかりしていて、逆に成果があまり出せなかったというのですけどそれは実際のところどうなのでしょう。技術というのは積み重ねなので、ずっと以前から研究してきた組織がそう何も成果を出せないというのもちょっと考えにくいのですけど。
本の前半の方ではアメリカに石油を禁輸されて戦争に突入する過程や、それに伴って燃料廠の組織が作られる過程、開戦で南方に出かけていく話などが展開。ところがそれを過ぎるといろんな技術者個人などに焦点を当ててどのような生活をしていたのか、どういう研究をしていたのかという話になります。そして本の最後の方では戦争末期の泥縄の研究体制や終戦に伴う後始末といった話になっており、ちょっとまとまりのない感があります。もっとも著者が書いているように、燃料廠が貴重な技術者を前線で損耗させてしまわずに終戦まで守りきって、戦後の日本復興に役に立ったということは事実のようで、そうした面を紹介したという点で価値のある本だと思います。
陸軍燃料廠 - 書評 - The Special Providence
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